デス・オーバチュア
第237話「鮮血の略奪者」



空に浮かぶは、幼き吸血の姫
年の頃は人間で言えば十三歳ぐらいだろうか……幼さを残しながらも、その美しさは人間の範疇を遙かに超えた人外の美貌をしていた。
ストロベリーブロンド(赤みがかった金髪)に、赤みがかった金色の瞳。
薄く透けるような黒のスリップドレスとナイトキャップを纏っていた。
スリップドレスとは、胸部分を大きく開け、深いスリットを入れて、レースやカットワーク(布を切り抜いた刺繍模様)をほどこしたドレス。
簡単に言うなら、とてもセクシーなネグリジェ(ワンピース型の婦人用の寝巻)だった。
ナイトキャップは寝ている間に髪の乱れるのを防ぐためにかぶる帽子で、ネグリシェと合わさってとてもチャーミングでお洒落な印象を与えた。
「なんか見覚えの有るような無いような奴だが……私のご飯を横取りするなら容赦しないぜっ!」
幼き吸血の姫……マジックナイトこと赤月魔夜は、『六門の大筒』を地上へと向ける。
彼女の背には大きな黒鳥の翼があり、両肩と両腰から巨大な大筒が伸びていた。
さらに、両手にまでそれぞれ同じような大筒が装備されている。
「嫌ねえぇ〜、不意打ちなんて人として最低よぉ〜、まあ、人じゃないけどね……うふふふふふふふっ!」
地上を埋め尽くした血(赤い閃光)が晴れると、何事もなかったかのようにセレナ・セレナーデが立っていた。
「ノーダメージだあ? ちっ、化け物かよ……」
魔夜は再び六門から一斉に赤い閃光を撃ちだす。
「きゃはっ!」
セレナが左手を突きだすと、彼女への直撃コースを駈けていた六つの赤い閃光が、全て『曲げられ』た。
曲げられた閃光達が大地に激突し、赤い閃光の爆発が再び地上を蹂躙する。
「ああん!? ビームの軌道を曲げるだとっ!?」
「きゃははははははっ!」
血(赤い閃光)で埋め尽くされた地上からセレナが飛び出し、妖しげな赤い光刃の大鎌を魔夜に斬りつけた。
「ちいいっ!」
魔夜は宙を滑るように後退しながら、六門から赤い閃光を発射する。
結果的に、超至近距離から閃光がセレナに叩きつけられる……はずだった。
「うふふっ」
発射された赤い閃光の先にはセレナの姿はない。
セレナの姿は、限りなく魔夜と零距離、大筒の砲身の内側にあった。
「て……」
「遅ぉい〜!」
大鎌が振られ、魔夜の両手の大筒が真っ二つにれる。
おそらく、その気になれば魔夜の胴体を一閃することもできたはずだが、セレネはわざと二門の大筒を破壊していた。
より長く戦闘を続け、少しでも愉しむために……。
「つぅっ!」
魔夜は急上昇しセレナから離れると、残された四門から赤い閃光を撃ちだした。
無論、狙いはセレナだが、赤い閃光が放たれた先には獲物の姿はすでにない。
「遅い遅い遅すぎるぅぅ〜!」
上空から降下してきたセレナの大鎌の一閃が、四門の大筒を斬り捨てた。
魔夜は、元の半分の長さになってしまった大筒達を迷わず切り離し、全速でその場から後退する。
物凄い速さで後退した魔夜は、背中に柔らかい感触を感じ、強制的に止められた。
「だからぁ〜、遅いって言っているでしょう?」
首筋に吹き付けられる熱い吐息、背中に感じる柔らかい『胸』の感触。
「うっ……」
「うふふふふふふふふふふふっ……」
魔夜は、背後からセレナに拘束……優しく抱き締められていた。
「は、離し……や……」
「うふふふふっ、あなたのこと知っているわよぉ〜。マジックナイトこと赤月魔夜……兄の名はホーリナイト、父の名はミッドナイト……」
もがこうとした魔夜の動きを、セレナの囁きが止める。
「なんでそれを……?」
「前に会ったことがあるかもしれないけど、初めましてぇ〜。あなたのお兄様が仕えるリューディアの異母姉(あね)のセレナ・セレナーデよぉ〜」
「なああっ!? お……」
「そして、さようならぁ〜」
セレナが飛び離れた瞬間、抱擁から解放された魔夜の首が宙に飛んでいた。



離れる時に、大鎌で首を刎ねた……ただそれだけのこと。
次いで、首を失った魔夜の体が無数の肉片に転じた。
首を刎ねる『ついで』に、魔夜の肉体も切り刻んでいたのである。
「うふふふふふふっ、お待たせぇ〜?」
セレナは暗黒の翼を優雅に羽ばたかせて、クロスの前へ降り立った。
「……待ってない……わよ……」
クロスはほんの僅かに回復しているようだが、まだ満足に立つこともできないでいる。
「じゃあ、どうやって殺そうかしらぁ〜? もう面倒だから、吸血鬼と同じように首を刎ねて微塵切りに……」
「天誅!」
いきなりセレナの背後から飛び出した紫メイドが、桜色のハンマーを全力で振り下ろした。
「ファーシュ?」
紫メイド……ファーシュの振り下ろしたハンマーは、セレナの脳天の直前で見えない力によって弾き返される。
「きゃああっ!?」
「前に出過ぎよ、人形!」
セレナは振り返り様に、左手刀でファーシュの上半身と下半身を真っ二つに両断した。
「あぁ……ぁぁ……?」
「ファーシュ!?」
ファーシュが自分が破壊されたことを認識したのは、分かれた体がそれぞれ大地に俯せに倒れ込んだ後である。
「主人を命に代えても守るのはいいけど……身の程を弁えるのもメイドの嗜みじゃないかしらぁ〜?」
「あ……お嬢……さ……ああっ!?」
セレナの右足がファーシュの後頭部を踏みつけ、赤い光刃の大鎌がファーシュの両腕の肘から先を切断した。
「ふん、人形なんか斬っても何の足しにもならないし、面白くも何ともないわぁ〜」
そう言いながらセレナは、ファーシュの下半身の膝から先を切り落とす。
四肢を失った機械人形は痙攣するように震え、切断面から人間のように赤い液体を流していた。
「ファ……ファーシュを離せ、この悪魔あぁっ!」
蹲っていたクロスが獣のように飛び跳ねると、琥珀色に輝く右拳をセレナの顔面に叩き込もうとする。
だが、琥珀に煌めく拳は、セレナの直前で先程のハンマーと同じように見えない力に阻まれた。
「あらぁ〜? まだそんな力が残っていたのぉ〜?」
セレナは特に何もしていない。
今のクロスの拳やファーシュのハンマーの一撃など、受けようと弾こうと心の中で想うだけで……『想念』の力だけで容易く防ぐことができた。
「ち……超能力……!?」
「人間が使う場合はそんな風に呼ぶわねぇ〜、テレキネシスゥ〜? 念動力ぅ〜?」
「く……なんでもありね……この変……」
「…………」
セレナが左手を天へと突きだすと、クロスは独りでに空高く舞い上がっていく。
「弾けて消えろ!」
左手が握り締められた瞬間、クロスは盛大に爆発した。
「きゃはははははっ! 念動爆砕なんてつまらない殺し方しちゃったぁ〜!」
念動爆砕、メディカルマスター(医療極めし者)メディア等が得意とする異能の力である。
「い……いやああああああああっ! お嬢様あああああっ!」
ファーシュが悲鳴を上げた。
泣き喚くことだけが、四肢のない彼女にできる唯一のことである。
「うるさいわねぇ〜、この泣き人形(バンシー)は……今、主人と同じように木っ端微塵にしてあげるから大人しくしていなさい〜」
セレナは煩わしそうに、泣き続ける人形に左手をかざした。
「爆……あらぁ〜?」
念動を放とうとした瞬間、天から無数の業火が降り注ぐ。
業火の雨に対して、セレナは瞬時にエナジーバリアを展開させた。
「嫌ねぇ〜、次から次へと……」
隙間なく降り続ける業火は、透明な膜(エナジーバリア)に遮られてセレナには届かない。
さらに、真上から琥珀色の光輝が降り、エナジーバリアに直撃した。
「っぅ……まだ、居たの? この蠅がああああっ!」
セレナはエナジーバリアを解除すると同時に、頭上に向けて莫大な赤い光(魔力)を撃ちだす。
「はあああああっ!」
次いで、赤い三日月の大鎌を一閃させ、業火の雨を全て掻き消した。
「なの!?」
業火の雨を降らせていたモノ……深紅の機械人形(スカーレット)が驚愕する。
「また人形ぉ〜?」
「あうぅっ!」
セレナはスカーレットの背後に出現するなり、業火の発射口である巨大な深紅の蝶の羽を切り落とした。
「誰だか知らな……ああ、あなた、ルシアンだっけ?」
「斬ってから思い出すな……なの!」
振り向いたスカーレットの両目から赤光がセレナへと放たれる。
「目からレーザー? ビーム?」
大鎌の赤い光刃が赤光をあっさりと受け止めた。
「……レーザーとビームの違いを説明して欲しいの? ビームとは光線の事を指し、レーザーは誘導放出による光力増幅装置……LASER:Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation……なのっ!?」
勝手に説明を始めたスカーレットが、黒い巨大な火球に呑み込まれて地上へと落下する。
「科学的説明はいいわよぉ〜、私達、魔族や神族は非科学的存在だしぃ〜」
科学とかで全て割り切ろうとするなら、自分達の起こせる現象、パワー、破壊力は『有りえないモノ』だ。
「これ以上、蟻がたかる前に帰……つうっ!?」
セレナは左手は突きだすと、前方に透明な障壁を生み出す。
だが、突如飛来した深紅の長槍は、障壁を容易く貫き、セレナの脇腹に深々と突き刺さった。
「蟻も百万、百億とたかれば、巨象……恐竜をも倒せる……か?」
深紅の長槍を投擲した人物が呟く。
「モ……モンスターキング(怪物の王)……吸血王……」
「フッ、君が何をしようが構わないが、私の愛するモノに手を出すのだけは見過ごせないな」
髪も瞳も黒一色の黒いロングコートをマントのように靡かせた青年は、クロスを抱きかかえて大地に立っていた。


 
魔界の赤薔薇、赤の魔王、夜の王、振夜(深夜)を駈ける者、赤き月からの来訪者。
魔界の南、怪物王国の支配者、独自の美学に何よりも拘る優雅なる吸血鬼の王がそこに居た。
「つうっ!」
セレナは苦痛に構わず、深紅の長槍を乱暴に引き抜く。
「ふう……嫌ねぇ〜、お腹に風穴が開いちゃったじゃないのぉ〜」
深紅の長槍はセレナが力を込めると、硝子のように儚く美しく砕け散った。
「まったく、嫌な感じがする魔王(ひと)だとは思っていたけど……ここまでやってくれるとはね……この姿の私に『傷』をつけたのはあなたが初めて……」
槍のたった一刺しが、クロスとの戦闘での全ダメージを遙かに上回るダメージをセレナに与えている。
現に、クロスの拳は最後のオメガアースを含めて数度セレナに届いたが、掠り傷一つ付けることができずに終わっていた。
「……生意気よ、あなたっ!」
セレナが左手を突きだすと、暗黒の巨大火球(魔皇暗黒炎)が七つ同時に放たれる。
「フッ……」
ミッドナイトの右手に深紅の光が集まったかと思うと、2メートルを超す大型のロムパイア(S字型刀剣)が出現した。
深紅……血を凝固させ作ったような赤黒いロムパイア(刃と柄の長さがほぼ同じ長柄武器)。
「散れ」
ロムパイアが一閃されると、七つの暗黒炎が無数の赤い塵と化し霧散した。
「嘘ぉ〜!?」
「侮りすぎだ、狂月の魔皇よ……真なる瞳を閉じたままとは……なっ!」
ミッドナイトはロムパイアを上空のセレナへと投げつける。
「っつ……くうっ!」
反射的に左手を突きだし障壁を作り出そうとしたセレナは、途中でその行為をキャンセルし、大鎌を両手で握り直した。
「はああああっ!」
大鎌の赤い光刃がロムパイアと激突する。
ロムパイアと光刃が同時に跡形もなく砕け散り、セレナは衝撃で上空へと吹き飛ばされた。
「では、私はこの辺で退場するとしよう」
ミッドナイトは追撃をせず、己が体をゆっくりと赤い霧へと変えていく。
「逃げるぅっ!? 逃がすと思っ……」
「君の相手は私ではない……我が『娘』がしてくれるだろう……」
「あなたの娘ぇ〜? あははははははっ! マジックナイトなら首を刎ねて、体を切り刻んであげたわよぉ〜!」
「やはり、その程度か……」
「えぇ?」
「私は娘をその程度でくたばるようなやわに育てた覚えはない……では、出番の終わった役者は消えるとしよう」
赤月の吸血王は、クロスを抱きかかえたまま赤霧となって消え去った。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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